岩城先生の半導体産業に対する辛口コラムが連載されている中で投稿させていただくのは勇気が必要でしたが、そういう中で毎日改善に取り組んでいる現場の人達と接している身として、その姿を伝えたくて筆を取りました。 　半導体、特に前工程やウェハープロセスと呼ばれる、シリコン上に微細なパターンを積層していく製造ラインでは、その中に、岩城先生がおっしゃられる「縦持ち」や「フルワーク」を導入していくのは、なかなか大変です。　ファシリティー効率などから、「横持ち」または「ジョブショップ」のレイアウトを「縦持ち」や「フローショップ」に出来ない制約や、流れに分岐や合流が何回も存在したりするからです。　と、岩城先生に「まだ半導体の常識に囚われているのか！」とお叱りをうけそうなコメントをしたのには、これから言いたい事を理解していただきたいからです。
　少し半導体の歴史の話をします。（大学の先生のように専門家ではありませんが）
　半導体の創成期は、昔NHKで放映された「電子立国ニッポンの自叙伝」のように、新しい産業を作り上げるんだという意気込みで、技術者や現場で製造する方々が自分たちの知識や技能を高めていく事に積極的に取り組んでいました。　技能の国家検定もあり（今も存在しますが）、今となっては設備などに依存している、ウェーハ上に成長させた薄膜の厚さ測定を、その色から目視で判定するという技能実技試験の項目もあるくらいです。
　その頃は日本の半導体はまだまだアメリカに技術も規模も及ばない時期でしたが、アメリカに追いつき追い越せの機運がその後の「超LSIプロジェクト」という国家プロジェクトを生み、1980年代に入って日本は世界一の半導体大国になっていったのでした。　しかし、アメリカがそのまま手を拱いているはずはなく、日米半導体摩擦が起き、その間にアメリカは「SEMATECH」という産・学・官の国家的なプロジェクトで日本を研究し、再度世界一を取り戻したのです。　
　（余談になりますが、その「SEMATECH」の中で生まれた、ＭＥＳ：Manufacturing Execution System　と呼ばれる製造支援のシステムは、今、私たちが取り入れようとしている「トヨタ生産方式」をモデルにしているという事を聞いた事があります。）
　その様な、半導体を取り巻く情勢の中で、生産現場の働き方も変わっていきました。　まず、微細化技術の革新によって、製造装置はより複雑高度になり、専門の製造装置メーカーによって開発されるようになりました。　そのため、技術者はまだしも生産現場では装置は完全にブラックボックス化し、オンライン化も相まって、現場で働く人たちはスイッチを押したり、バーコードを読み込ませるだけの仕事になってしまいました。　また、流れる工程も複雑で沢山の工程を経て製造されるようになり、流れの管理は皮肉にもトヨタ生産方式をモデルにした、ＭＥＳとよばれるコンピューターシステムに頼る事になり、作業順序はコンピューターの指示に従う形となっていきました。
　というわけで、トヨタ生産方式の祖、故大野耐一氏や諸先輩または岩城先生が常にお話される「生産現場が知恵を出す」という事、現場で働く方たちの「創意工夫」というものを活かす場所が少しずつ失われていったのです。　故に、国家技能検定を取得したその技能も活かしていく機会が少なくなっていきました。　その姿は、今まで日本のものづくりの基盤であった、ＴＱＣ活動、とりわけ現場の改善工夫や小集団活動の衰退につながっていきます。
　しかし、トヨタ生産方式の導入から少しずつその潮流が変わっていきました。　少しずつと言うのは先にも述べたように、ダイナミックにレイアウトを変更したり出来ない、制約があったからですが、その制約の中でも、流れは自分たちで作っていくもの、流れが複雑怪奇だからこそ自分達で流れを制御できるようにならなければいけないことが、少しずつ生産現場に根付き始めたのです。　
　ここからはノウハウになるので話せませんが、流れ順にラインを変更できない分、物よりも人の動きが流れを作るようになります。　人の動きの重要性はライン変更が可能な組立系のライン以上に必要になります。　その動きをいたるところで同期化させるためには、流れをつかさどっている生産現場の人たちの「創意工夫」が何よりも必要になってきています。
　スポーツ好きの私は、それを競技に例えています。　過去の半導体の現場改善は、サッカーに似ています。　大きな戦術はありますが、場面場面はそれぞれの選手の技術や判断に任されます。　国家技能検定を大切にしていた時期です。　そのためか、その頃の現場の改善活動は小集団よりも改善工夫の方が盛んだったように感じます。　
　そして、現在の私たち富士通セミコンダクターの現場改善は、シンクロナイズドスイミングに似ています。　生産している最中、競技している最中には個々の判断は必要でなく、その動きを一定にし、他の動きと同期化したものにするために、絶えずメンバーが動きに対して話し合う姿です。　それはそのものズバリ、小集団活動、ＱＣサークルです。　
　小集団、ＱＣサークル活動の潮流は広がっています。　過去は、先端技術と言う点で外部発表してこなかったのですが、現在は地域のＱＣ活動報告会に積極的に参加しています。　何より生産現場の空気が変わっていく姿を見ていくのは本当にうれしい事です。
　ここにきて、「トヨタ生産方式」が生み出す効果。　トヨタの「The TOYOTA Way」に書かれている、「人間性尊重」（苦難乗り越えられる、人の役に立ちたい、成長したい）が根付いていく姿を肌で感じる、今日この頃です。

　　　　　　　　　　

半導体工場の無駄の数々 (搬送系-その2)
　前号で指摘したように、半導体工場は同類の工程ごとにまとめられた現在の横持ちを、工程の進行順に配列された縦持ちに転換しなければならない。それは、半導体産業はもはや造れば売れた時代から、“より良い物をより安価”を軸に、世界的な過当競争の時代に突入しているためである。その背景には、半導体製品が人々の日常生活の身近な製品に広く進出している状況がある。これのことは当然のことながら、量の飛躍的な拡大と共に生活用品並みの価格が要求されている。
　このような社会的な要請に対応するために、半導体業界は自らの存続をかけて、現在の構造を根本的に改革しなければならない状況にある。通常の製品並みに直接材料費が50%程度が、具体的な売価目標であろう。現在のように、売価対比材料比率20%少々で、大赤字を計上する事業構造そのものが、もはや現状では通用しなくなっている。
　このコラム取り上げている半導体業界の数々の無駄は、前述のような状況を前提にしたもので、この点は当初に明確に指摘しておくべきことであった。このコラムは、このような考えのもとに今後も継続することになるため、この環境の変化を前提に議論して頂きたいと思う。
　この号で取り上げている、設備の横持ちを縦持化することは、半導体業界では大改革を強いることになる。しかし、その必要性は前述の環境の変化に追従する為に必要であり、生産工場の構造の具体的な変更事項である。この改造は、生産構造の改革に留まらず、直接的には生産管理、営業業務等それに関連する総ての業務の在り方、を根本的に変えることになる。
　前号の自動搬送の無駄から、今回は各設備の中にある搬送部分を槍玉にあげようとしている。その理由の一つは、半導体の長すぎる生産のリードタイムにある。現在のように3ヶ月等は現在社会では通用しなくなっており、通常の生産が月次単位で行われているため、許容範囲は少なくとも20日以内であろう。
　リードタイムはデリバリー上の問題のみならず、仕事に関与する全組織の総合効率の良し悪しに関係する。
　承知の通り、生産のリードタイムは投入から出荷までの間にある品物の実際の加工時間と停滞時間によって決まる。通常では、加工時間は停滞時間の1／3以下である。そのため先ず工場内の停滞品を必要最小限減らすことが重要になる。設備の搬送部分では物は動いているが直接加工していないため、これらは普通の停滞品と同様にリードタイムを長くする。
　そのため、品物は設備の加工部分に直接セットして、そこに品物を誘導する為の搬送ユニットは無駄なものになる。これらの停滞品はバッファーになっているため、無くした状態では当然設備の加工速度の違いや、故障時などにより稼働は低下する。しかし、横持ちの工程を縦に繋ぎ、各設備はフルワーク状態、生産は平準化して、水すましで直接設備に仕掛けるトヨタ生産方式に代えることによって可能になる。逆に搬送ユニット残存すると、このことの徹底が出来なくなってしまう。
　さらに重要な問題は、従来のコンピュータによる工程管理がみずすましの動きに置き換わり、加工物を設備に直接“仕掛けて取る”のみずすましの動作によって、設備の稼働は完全にコントロールされる。従って各設備上の加工物の数量にばらつきが、この動作の阻害要因になる。
　このように、設備の前後に設置された搬送ニットは、正しい仕事を展開しようとしたとき、大きな障害になるため、特別な例以外はすべて撤去されることになる。


　お願い　　　先日からのこのコラムに対し、実際に半導体工場で働いている方から貴重な寄稿を頂きました。このコラムの真意は、半導体業界の蘇生に少しでも貢献することにあります。読者の皆さんの積極的なご意見を歓迎します。

以下次号に続く


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