先日久しぶりに知人の先生が、私の指導会に参加してくれた。彼は大学の研究機関で、製造業やそこで働く人間の関係につき、長年にわたり関心をもち続け、大変熱心な研究生活を送られている。
その先生は、多くの製造業のミドル管理者達が、我が国でのものつくりに希望を失っており、このままでは、我が国の将来にとって大変な問題であると心配している。またその問題は、彼ら自身の問題ではなく、欧米的な会社経営の仕方が問題であると、指摘している。
この問題には、私も全く同感であり、現在の経営の実態は深刻な状況にあるように思う。それは、ミドル管理者達ばかりではなく、経営のトップから末端まで、殆どの人々が有効に機能していないことである。そのため、今や価格だけではなく、これまで我が国の強みであった、技術開発や品質管理等あらゆる分野で、各国の追撃になすべくもなく、唯自滅にまかせているように思う。
その一次的な責任は、言うまでもなく経営を担当している人達にある。現在の主流をなす経営管理の在り方は、もはや今日の社会や経済状況には、対応出来なくなっている。この問題に対して早急に対策を講じなければならない。それは単なる手法上の問題に留まらず、その経営思想から根本的な見直しが必要であろう。
経営思想上の問題として、彼は、西洋と東洋思想との関係に言及している。その真意は、何事もロジック的な理解を主体とした西洋的なものから、東洋の仏教的な感性による、経営の大切さを指摘しているように思う。即ち、画一的なビジネスモデルを基に、エリート集団による指導統括を前提にした現在の経営管理ではなく、そこで働く人々の自主的な参加による、経営活動の必要性を指摘している。
その重要性については、私も常々感じていることで、前者を信奉する経営者は、オフィスの中で、実際の仕事の現場で起きている事を、自分の論理で律しようとし、それが管理だと信じている。しかし、後者は現場で発生しているいろいろな事象を見極め、経営の指向に沿って治めようとする。その結果、前者にとっては、仕事の現場は無用の存在であり、彼らの居場所は常にオフィスである。後者は云うまでもなく、その居場所は常に仕事の現場である。
我々は、現在の経営陣の現場離れが、諸悪の根源であると感じている。しかし、実際の経営を変えるためには、何故現場離れが諸悪の基であるのか、また実際の経営の管理のしかたは、どのように変えなければならないかを、明らかにする必要がある。
(以下次号)
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